その1 準備 ワラビ野に小屋が建つ

●2001年、11月15日 ワラビ野の3棟の小屋作りが始まる。恩地監督の演出 はドキュメンタリータッチ。リアリズム。その意図を汲み美術の斉藤氏は当時の建て方をそのまま取り入れ、柱も梁もほぞを組んで釘を一切使わないで建てることにした。素材も山から。地元の大工さんと美術部の手で1本、1本、形作られていく。あたりにはコーン、コーンと手斧の音が響き、やっと映画作りが始まったというワクワク感も高まっていく。
●12月4日  材料がワラビ野に運び上げられた。夜遅くまでの作業が続く。
監督以下メインスタッフの下見の日。雪が降って来た。小屋はまだ骨組み段階。あと何日かで根雪になってしまう。汚しの作業も残っている。ワラビ 野への林道は、地元のブルで除雪、やっと四駆で上がれる状態。もう地面はすっかり見えなくなっている。
●12月15日 やっと完成。小屋がつぷれないよう屋根の雪下ろしを、役場や有志の方々にお願いして、一旦東京に引き上げることにする。徐々に地元の人々も作品に参加して来てくれている。それが嬉しい。

その2 冬ロケ(1/23〜2/3)雪よ降ってくれ

●2002年1月9日 何人かのスタッフが先乗りする。馬庭家の表としてお借りする竹田邸の雪下ろしを手伝う。なるべく多くの雪という監督注文で雪下ろしするのを待っていてもらったのだが、積り過ぎて限界だという。ハード な雪下ろしの作業に雪国のキビしさを実感する。                        翌日からは、各現場の下見。ワラビ野への林道を徒歩で登っていこうとしたが、膝まで雪に埋まり進めない。慌ててカンジキを購入し再トライ。周りの景色を楽しむ余裕も無く黙々と汗を流し登っていく。ようやくワラビ野。エ 〜ツ小屋が無い?バックフオーとブル2台をお願いし、一帯を積雪50cm位までに除雪してもらう。クランク・インまで後10日、もし雪が降らなかったらどうしよう・・・。不安が的中する。翌日、翌々日・・・また次の日も、そして1週間。 少しもまとまった雪が降らない。ワラビ野は無惨な姿を晒している。不安は、あせリヘと変わっていく。
●1月23日 朝、ちらつく程度だった雪はメインスタッフが川西の竹田邸へ到着した時は本降り。撮影の上田氏がカメラをまわすのを見守る監督もニッコリ。先乗リスタッフもホッ。
●1月24日 ワラビ野は白一色の銀世界。小屋の屋根もぎりぎり雪に埋もれている。「しまり雪が訪れたばかりのワラビ野」にちょうどいい。早速、上田氏が 撮影部にカメラのセッティンクを指示する。一晩で積雪1m以上!我々ス タッフにとって、それはまさに奇跡でした。

その3 いよいよクランク・イン

●1月27日 ワラビ衆の1人、マツ(李麗仙)の埋葬 シーン。雪上車の上に、イントレが組まれカメラが据えられる。ワラビ野の小屋の廻りは、うさぎの足跡1つ無い。テストをやれば跡が残る。跡が残れば、「新雪で覆われたワラビ野」では無くなる。唯−、付いていていい 足跡はレン(市原悦子)と甚五郎(瀬川哲也)のみ。カメラが決まる。その画 の中にベストの足跡を付けていかねばならない。ベテラン演出部が、その足跡を付けていく。少しズレル。監督から罵声が飛ぷ。監督の指示、返す言葉、 どちらも必死の怒鳴り合い。やっと0・K。1歩、1歩、遅々として進まない。 ペースが掴めない不安、苛立ち、第1カットだという期待が錯綜する中、市原さん、瀬川さんがポジションに着く。いきなり本番、失敗は許されない。初日で多勢来てくれた取材陣の切るシャッター音にも監督の罵声が飛ぷ。そんな中、監督の第1声がワラビ野に大きく響く。「∃一イ・スタート!」ついに始まった。さすが恩地組、1発0・K。

その4 春ロケ(4/11〜4/13)コブシよ咲いてくれ

●春ロケも気侯に振りまわされる。昔、寒い地方の農作業は、コブシの花が咲 くのを目安に始められた。例年、川西付近の満開は4月10日前後。市原さんやスタッフのスケジュールの押さえは11日から3日間だけ・・・。                                                 今年は異常気象。日々、現場の竹田さんから情報を得る。「う一ん今年は咲かないかも」「えっ!そんな事ってあるんですか」何で咲かないのだ、気候か?木か?
●かろうじて上の方に蕾が出始めたという情報。良かった、このままいけば、やはリ10日前後だ。万が一の為、造花も助監督と小道具の手作りで準備。
●辺りの山のコブシも咲き始めた。が、2日たっても、3日たっても竹田家の コブシだけは咲いてくれない。う一ん。
●この春ロケが、オーディションを勝ち抜いたヌイ役、清水美那のデビューで ある。何回も繰り返されるテスト。セリフがある訳ではない。動きの1つ1 つに監督のダメが出る。何とかそれに応え、無事撮影を終える。市原さんからも労いの声がかかる。緊張しっぱなしの3日間。ご苦労様。

その5 夏ロケ(5/19〜6/6)天よ!またですか

●夏ロケは、コブシロケで撮れなかった春のシーンから夏の終わりまでを20 日足らずで撮らなければならない。しかも、夏に、長雨が降り続くという設定なので、よけいに大変だ。晴れ予定、雨予定、朝の天候で判断が下される。 …が、これまた曇ってくれない。何日も待たされ続ける俳優さんも出て来る。よし、今日こそ曇った。雨予定で出発。着々と準備が進みテストが重ねられ芝居がたかまり、いよいよ雨テスト。が、いつの間にか空が明るくなってくる。ダメだ。雨テスト無し。あの濃い雲に薄陽が入ったら本番だ。雨を降らす者、その雨が映るようライトを当てる者、誰にも緊張が走る。が、さすがに 恩地組、1発0・K。
●この夏ロケも地元の方々と一体。エキストラ、苗代づくり、畑づくりなど農作業、芝刈り、現場の交通整理、美味しい差し入れなどなど、様々な協力のおかげでなんとか無事終了。まさに監督がこの映画で目指した、もう1つの 想い、商業映画には無い映画作り。本当に楽しかったです。盛夏、季節を追って撮影はつづく
●夏ロケで撮れなかった、丸木橋のかかる神代川(飯豊町・広河原)が長雨で増水するシーン、稲の育った田に雨の降るシーンは、梅雨に入っても撮れず、例年に無く早く来る台風を狙うも山形入リタイミング読めずNG。やっと本土縦断の台風をなんとか撮り了え、後は、長雨で青立ちした稲、真っ赤な彼岸花を撮って秋ロケに突入だ。

その6 秋ロケ(10/24〜11/12)また、また天気に泣かされる

●秋ロケは馬庭家の中。朝日村田麦俣にある文化財の多層民家をお借りしての撮影だ。メインスタッフが先乗りしてから、インまで雨、雨、雨。何とか晴れた1日で実景を撮り終える。
●インしても連日の雨。屋内の撮影なので中止になることは無い。が、これ又、 大変。カメラは外に出る。外を向く。慌てて美術部がカメラと家の間に、あるいは入口から数メートル先まで雨よけの屋根を付ける。当然外から当てる ライトもある。いつショートするかハラハラしながら照明部はライトを動かし、一日中濡れっぱなし。雨が屋根を打ち、軒にしずく。晴天のシーンであるにもかかわらず‥・。録音部が悲鳴を上げる。あるだけの毛布を軒下に。足らない。製作部が走る。何処からかワラ束。やっと本番。5日間の撮影予定。 最終日にようやく晴れ。やっと姿を表した鳥海山、湯殿山は疲れ切ったス タッフの心を余りあるぐらい充分いやしてくれた。

その7 雨だけでは無い、雪も降って来た

●11月に入って、朝日付に滞在中、紅葉真っ盛りなのに雪が降る。40年振りだという。飯豊もやばい。案の定ワラビ野は50cm。急遽、冬の小屋のシーンを先に撮っていく事にする。塩など用意していたが本物の雪がどんどん使える。 これ、ひょっとしてついてるの?
●だが雪は解けそうにない。2日目から手のあいた時間、誰とはなしに小屋のまわりの雪を掻き始める。何とかしよう。自然への挑戦だ。最大の難関は、ロングの小屋をバックにワラビ衆が落ち葉を拾い集めるシーン。
●11月9日 明後日の予報は晴れ時々曇。よし、今晩、重機で除雪、残った雪を明日人力で撮影と並行して除雪。「支援する会」、川西、飯豊両町役場に応援を依頼。どっと集まってくれたボ ランティアの人達。1日がかりで何とか除雪。……その晩、又雪。予報と違 うじゃん!翌日も雪。恩地組のスタッフと、地元の皆さん、そんなことで挫 けない。再び重機人力作戦。撮れる!冬景色のワラビ野のそこだけが、見事、「秋」になりました。
●11月12日 朝から雨、本日クランクアップ成るか?!時折晴れ間あり。日没直前、除雪もギリギリ間に合って、ヌイの水汲みシーンがラストカット!


最後に


異常気象で天候定まらない中、奇跡に始まり、奇跡に終わる。これもまた監督のこの映画にかける情熱と、それを汲んだスタッフ、それに乗っかってくれた地元の皆さん、山形そして全国各地から応援してくれた方々のお陰かもしれません。そんな皆さんのお陰でいい映画が出来たような気がします。
本当にありがとうございました。    

文/桑原昌英(助監督)
               「恩地組撮影日誌」よリ一部掲載

 

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